Minami〜日常時々推し活〜

日常雑記 ・ コミュ障 ・ 推し活

「一所懸命はダサい」それがダサい。

お題「高校生に戻ったらしたいこと」

 

高校生活を120%満喫したい。

 

誰とも馴染めず、ハブられていた高校生時代。

「一所懸命がダサい」と何もせず、窓際から教室を眺めてた自分。

斜に構えて鼻で笑って愚痴ばかり。そりゃ誰も相手にしませんよ。

今思うと、なんて勿体ないことをしたんだろ。

どうせ拒否られるなら、何かをして嫌われればよかったと後悔するばかりです。

 

「一所懸命がダサい」という考えが、側から見たら一番ダサいってこと、その時には気づかないのよね。

たとえ誰かに忠告されても、その頃の自分は受け入れないでしょう。

「私は、あなたと違うから」「言われてヤルのは格好悪い」「やらない=自分を貫いて格好いい」そんな思考だから。残念です。

 

そんなわけで、高校生に戻ってやりたいこと。

 ・出身校の恒例行事だった体育祭での仮装行列。全力で仮装を楽しみたい。

   (海のトリトンの仮装が羨ましかったな)

 ・球技大会。レギュラーは無理だから、全力でサポートして盛り上げたい。

 ・文化祭。全力で客引きを頑張って、売上に貢献したい。

 ・クラスメイトと会話したい。普通に会話がしたい。

 

もし、あの時これができていたら・・・人生変わっていただろな。

こうやって、やりたい事を考えているだけでワクワクしてます。

「学生さんはいいな、まだまだ何度もやりなおす時間があって」

羨ましいです。

 

平気で自宅住所を聞いてくるの何故?

初対面なのにズカズカとプライベート聞いてくる人っていますよね

 

私が一番嫌いなのが、「お住まいはどこですか?」です

「お住まいどこですか?」

「〇〇です」

「〇〇のどこですか?」

「〇〇小学校の辺りです」(軽く濁す)

「へー」(終了)

(広げる気がないなら聞くな)

土地勘の無い人に伝えても「ふーん」で終わり

当然です

 

厄介なのは、土地勘のある人

「〇〇小学校知ってるよ、そのどの辺?コンビニの交差点あるよね・・・・」

(面倒くさい、初対面の奴にそんな詳細教えたくない)

自宅の位置を特定してどうするんでしょう?知られたこちらは不安でしかありません

もっと怖いのは、「あの人の家、〇〇小学校の脇のあそこらしいよ」と他人に言っちゃうこと

ある日突然「あなた〇〇に住んでるんだって?」と知らない人から言われて驚くことがあります

それで被害があったわけではないですが、なんかムカつきます

 

「通勤時間どれくらいですか?」「電車?バス?」

最初はこれぐらいで充分じゃないですかね

 

必要な時が来たら教えてあげるし、必要と思うから教えてもらいます

個人情報ですから慎重に扱わないと

 

これって、心配しすぎかな?

だって自宅を教えたくないんですもの

特に、影でグチグチ言ってそうな人達には知られたくありません

 

 

 

私の半生を簡単に。昔があって今がある

〜幼少期〜

チヤホヤされていい気になって自分は”お姫様”と勘違い

表では「ジャイアン」です

家では・・・

親から「お前は特別、トップの人間だ」と言われていました

親の期待を裏切るわけにいかないと必死に優等生で居続けた幼少期

期待に反した時の親の顔が何より怖かった

蔑んだ眼差しで「何やってんの」「バカじゃないの」「くだらない」と罵られる

「私に恥をかかせないで!!!」母の言葉は呪縛のようにまとわりつき、母のご機嫌を損ねないよう必死に頑張っていました

 

〜学生期〜

ハブられ時代

真っ向からの直接的なイジメを受けたことはほぼ無い

皆んなから相手にされない、ウザがられる、嫌われる

要は「孤立」です。

何故嫌われるのか、馴染むためにどうしたら良いのか、悩みに悩みあれこれ試したけど何も変わりませんでした

ちなみに、学校で嫌われていることは親には内緒

家では明るい優等生。成績はまあまあ良い方だったので、親はそれで満足だったようです

 

〜成人期〜

学生期と全く変わらず孤立状態

環境が変わっても何も変わりませんでした

 

〜気付きの時〜

加藤諦三さんの「悔しさの心理」という本に出会い全て腑に落ちました

なぜ嫌われるのか・どんなところがウザいのか

結局”母の呪縛”が根本原因

28歳にして心の根っこの親離れの必要性を知りました

 

〜現在〜

コミュ障ではあるが、それなりに周りに馴染めている気がします

何より「ぼっち」でいることが怖くなくなったことが強み

「ぼっち」でも怖くないと思うと前に出れる

恥もかけるし失敗も怖くない、ぼっちでも生きていけるから

50代でもまだ矯正中ですが、まあまあ程よく快適に暮らせています

 

以上です

追々あの頃の出来事をちょっとずつ書いてみたいと思っています。